野鳥と俳句

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一枚の写真、西田幾多郎と

 

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我死なば故郷の山に埋れて昔語りし友を夢みむ   西田幾多郎

朝に夕に移ろふ日々の海の面は日々に見れども飽くこともなし   西田幾多郎

■ 2011-03-17

■ たまたま、「西田幾多郎と和辻哲郎」、が目に入ったので、鳥見もせず読んでみた。

■ 当時は、古本ではなかったので、おそらく、何度か読んだような感じだが、あまり覚えてない。

■ その程度だったのだろう。

■ 結局、自分の興味はそんなところになかったということだ。

■ そんな気がする。

■ で、例えば、・・・

ルリビタキ

■ こんな一枚の写真の方が、自分にとって意味があるような気がする。

■ 野鳥のこんな写真を撮っている自分がいることの方が、自分にとっては意味がある。

■ それは野鳥の写真でなくても勿論かまわない。

■ 何と言おうか、・・・

■ 自分がいて、野鳥がいる、そういうことだ。

■ はっきりと、その瞬間、写真を撮った自分がいる、ことが分かる。

■ そして、今、その写真を見ている自分がいる。

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