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ざっと五年

 

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■ 2011-03-17、-21

■ 約半年の旅が終わって、ざっと五年、短いとは言えないこの時間は芭蕉の意識にどのように作用したのだろうか。

■ 時間がフィルターとなって、ある記憶は薄れ、いらぬものがなくなれば、・・・

■ 逆に、記憶に残ったものは、いよいくっきり鮮明になってゆくように思われる。

■ 出発した時点での思いと旅が終わった時点での思いは、当時は相当違いがあったとしても、・・・

■ 奥の細道という文章に書き留める時点では、その二つの思いは同じ意識状態で捉えられたのではないか。

■ 書き上げるまでに、ある日数はかかったとしても、五年も前のことを書くわけだから、ほとんど同じ感じで書いたとしても不思議ではない。

■ 例えば、「別れ」にしても、「草の戸」での別れと、「ふたみに別」は初めと終わりに配置されているけれど、・・・

■ ほぼ同じ意識下での「別れ」だと考えることもできる。

■ また、日記ではないのだから、最初から書き進んだと断定もできない。

■ 書きやすい部分から書き、それらを全体的に構成したかもしれない。

■ 大筋を書き、書き加えてゆく方法をとったとも考えられる。

■ それは、句をどのように配置するか、句と文章をどう関係づけるかということを考えれば、・・・

■ むしろ、断片をつなげるように書いていったのではないかと思われる。

■ 「月日は」という書き出しが最初にあったとは思えない。

■ あとから書き足したような感じもする。

 

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