■ 2011-03-18
■ 旅姿とでもいうか、半年もかかった旅で、しかも徒歩の旅なのだから、装備というか、持ち物には気をつかったことだろう。
■ ただの物見遊山の旅でもなく、俳諧師、いわば文筆業の旅だ。
■ もちろん、筆記用具は欠かせない。
■ この辺りのことについては本文に書かれている。
■ ところが、曾良日記が発見されて、また人は早合点したようだ。
■ 芭蕉が曾良に口述筆記させたかのように捉えてしまった。
■ 曾良はアメリカ的な秘書ではない。
■ 芭蕉は句を作ることが自分の仕事である。当然、自分で書いた。
■ 先ず、言葉が浮かび、次に句に仕上げる。
■ そして、あるものは推敲という過程が入る。
■ それが普通だ。
■ 人により句の作り方は違うだろうが、全ての句が最初から完成ものてはないだろう。
■ だから、自分で書かないことはない。
■ 自分で書いたはずだ。
■ そんな芭蕉の様子が、曾良日記にも書かれている。
■ 句を作るための旅で、自分の句の記録を人任せにするはずはない。
■ また、奥の細道は曾良の日記を見ながら書いた、などという人もいるが、・・・
■ この日記はいつからいつまでの期間のものか、奥の細道の前後はあるのかないのか知らないが、・・・
■ 自分の日記を人に、はいそうですか、と見せるものなのか。
■ まして、時間のかかる執筆の間、芭蕉に貸したはずもない。
■ 芭蕉だけが句を作るわけではない。
■ 曾良も作る。
■ 芭蕉だけの旅だったわけではない。
■ 曾良の旅でもあった。
■ 師弟の関係ではあったとしても、従属しているわけではない。同行しただけだ。
■ 一個の俳人としては同等の立場のはずだ。
■ 自分の句も書き留めた日記をいつ返ってくるかもわからないのだから手放すはずはない。
■ だいたい芭蕉が人の日記を貸せなどと言うはずはない。
■ どうなんだ。