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事をしるさず

 

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■ 2011-03-20

■ 「荒海や」の句の前に次の文章がある。

此間九日

署湿の労に神をなやまし

病おこりて事をしるさず

文月や六日も常の夜には似ず

荒海や佐渡によこたふ天河

■ 当時は、体調が悪く疲れていて「事をしるさず」という状況だったとしても、・・・

■ 執筆時点では、書こうと思えば何かを書けないことはなかったはずだ。

■ 書くべきことを敢えて書かないということか、それとも、逆か。

■ 何を書き何を省くかは作者の好きにすればよいことで、書きたくなければ書かなければよいことだ。

■ いちいち、「事をしるさず」と書く必要はない。

■ この辺りの文章は誰に向けて書いたのか、読ませるために書いているはずだ。

■ まず、「事をしるさず」の事とは何か。

■ その「事」を知っているのは、少なくとも、芭蕉本人と同行者の曾良だ。

■ 曾良は日記を付けている。

■ 知っていれば書いている。

■ しかし、「俺は書いてないよ」、ということか。

■ 忘れたわけではない。忘れてないからこそ、「事をしるさず」と書いた。

■ もちろん、曾良に向けて書いた。

■ 水に流したい、そんな気持かもしれない。

■ その「事」について言い立てるなと釘をさしたのかもしれない。

■ よくわからないが、こう書く理由はあったはずだ。

■ 暑さで神経がまいっていたからだと言い訳をしている。

■ 五年も経って、なぜ、わざわざ書かなければならなかったのか。

■ このころ芭蕉と曾良は別行動をしている。

■ おそらくこの辺りに原因があるだろう。

■ 意見の対立があったとみてもよい。

■ とにかく、・・・

■ こういう文章をみると、芭蕉の気質がわかるような気がする。

■ 細かいというか何というか、まあ、いい。

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