野鳥と俳句

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地震、津波があった

 

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■ 2011-04-23

■ 歌を詠むとか、句をひねる、などという。

■ 私の場合は、ひねらないので、句を作るとか、歌を作るという表現にすることが多い。

■ しかし、何かから、あるいは、何もないところから、何かを作りあげるのではない。

■ 句にする、歌にする、といった方がいいかもしれない。

■ 見聞き、感じ、思ったことを言葉にし、文字として書きつけるのだ。

■ そういうことだから、頭の中にあることを、あるいは、心の中にあることを外に出すということになる。

■ さらにいうなら、外に吐き出すということだ。

■ 言葉はキタナイが、吐き出すことですっきりすることも多い。

■ そういう意味で、句を作り、歌を作ることは精神的にいいかもしれない。

■ 吐き出すのだから、できたものが、必ずしも内容的に「よい」ものでなくてもいい。

■ ただ、後日、自分の作ったものを、読み返すこともあるだろう。

■ そうしたとき、読みやすい方がいいだろう。

■ 「よい」ものの方がいい。

■ この「よい」ということは、内容的にではなく、形としてということだ。

■ 句や歌の形として「よい」ものを作ると、作品として客観的に見ることができる。

■ 地震、津波があった。

■ 精神的打撃は当人しか分からないだろう。

■ 忘れることもできないだろう。

■ しかし、いくらか吐き出すことはできる。

■ おそらく、句や歌では表現しきれないことだろう。

■ 全てを吐き出すことなどできないことだ。

■ しかし、そういう過程において、日々生活しているのだから、何か感じることはあるだろう。

■ いいことだってあるはずだ。

■ それも、句や歌にしてみるとよい。

■ 17文字や31文字で表現できることはしれている。

■ だが、気付くだろう。

■ 大きなことも、小さなことも、同じ文字数にするのだ。

■ だから、小さなことも大切なことだと感じることもできるはずだ。

■ 句や歌にはそのような効果がある。

■ そして、ひとつひとつは小さなものだけれど、数が増えると大きなものになる。

■ さらにいえば、小さな幸せが大きな幸せになる。

■ と、まあ、そういう風にも考えることはできる。

■ そういうことだ。

■ 句や歌は、自分自身に向けて発するメッセージだ。

■ 時が経って、良くも悪くも、思い出として、そのメッセージを受け取るとき、どれを選ぶかは自分の好きにできる。

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